2013/07/05

私の師匠 父。 My teacher is my father

 

こんにちは。最近の朝の日課はまめ引きです。毎朝、豆を引いてアイスコーヒーを飲みます。良い日課です。心が安らぎます。さて、このサイトでもたまに紹介している父について、今日は呟きます。それは、このコーヒーは父を連想するからです。この話しも何度もしているけれど、やっぱりもう一度したい。
父は登山をします。本気の登山です。正確には登山をしていました。今は家族の反対により無茶な登山はしていません。父の登山は最近良く聞く「山ガール」とかそんな生温い登山ではありません。氷点下のところにテントを張り、カップラーメンと魚肉ソーセージを食べます。油絵を描くための写真を撮ります。
そして、私達の寝るテントの中は自分たちの息により結露して、それが瞬時に氷ります。氷の中で寝るのです。私は物心ついた頃から、山に連れて行かれていました。小学3年くらいから、新聞紙が思いのほか暖かく自分の生命を繋ぐものだと身体で教え込まれました。別に父はそれを口にはしませんが、言葉の通り身体で学ぶものです。私は、そんな遊びしかしてくれない父が大嫌いでした。それでもって、連れて行かれる山も嫌いでした。なので歳を同じくしてその頃から都会に憧れを持ち、必ず東京で暮らす、ニューヨークに行くと決心したのです。 でも、今はその頃の父に感謝しています。
私が泣いてわめいて、遊園地に連れて行ってくれーー!と訴えても一切聞いてくれなかったお父さん。山か川しか連れて行ってくれなかったお父さん。あの時は心の底から嫌いだったけれど、今気付くと私は半分以上父から学んだ事の上に居ます。サンキュー父さん。登山を馬鹿にしてごめんよ。
話しは戻り、必至で登山して、しょぼい夕飯を食べて、氷の中で寝て、さんざんな登山。そんな山で泊まって、早朝に父は必ずコーヒーを淹れます。ただのインスタントコーヒー。でもそれを大事そうにいれて、自然のなかで、すごくおいしそうに飲みます。朝日に包まれて山で飲むコーヒーは格別だと言います。わたしはその時コーヒーも嫌いだったので、嫌いな父と嫌いな山で、嫌いなコーヒーの匂いだった訳です。
でも最近、私の毎朝の日課になったコーヒーの豆引き。家中に広がる香りで思い出すのは、あの頃の父のことばかりなのです。何が面白くて一人で嵐の中登山して、家族に心配かけて、子供にも無理矢理それを強要して、、、。
と思っていましたが、やっぱり毎朝コーヒーを淹れると父の事を思い出して、感謝してしまいまうのです。
お父さん、山に連れてってくれてサンキュー、自分は自然の一部だということ教えてくれてサンキュー、自然の色を見せてくれてサンキュー、自然の力を感じさせてくれてサンキュー。
なんちゃってね。












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